レポート

映画 第三の男 と 第2次大戦後分割されていたウイーン

公開日 : 2017年03月07日
最終更新 :

昨夜 DVRに取っておいた映画 The Third Man (第3の男)

http://www.ivc-tokyo.co.jp/yodogawa/title/yodo18038.html

見たのですが、 あのころのウィーンはベルリンのように4カ国に分割占領されていたのですね 知らなかったです。

http://images.derstandard.at/20050114/besatz.jpg

古い映画ですが、西駅の周辺の感じとか アナの部屋のオットマンストーブとか、 グロッサービールのポスターとか 風景 とか 小道具にも わたしらがウィーンに行って見た感じもずいぶん味わえました。

この映画のツアーもあるようですね(下水にも行くのは夏だけ?)
https://www.wien.info/en/sightseeing/tours-guides/third-man

サウンドオブミュージックのザルツブルックのツアーよりこっちのほうが面白いかもしれません。

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2件のコメント

  • 第三の男、とても興味あるレポートをありがとうございます

    ポチ・ミケさん、こんばんは。
    とても興味あるレポートです。

    昨年、私も「第三の男」を見て、ウィーンで足跡を探し歩きましたよ。
    プラーターの大観覧車、フランツ・ヨーゼフ広場、中央墓地、カフェ・モーツアルト、女主人公アンナのアパートがあったとされるウィーン大学近くのベートーベンの家付近。
    面白かったのは『ライヒスブリュッケ』。
    今はドナウ川クルーズの船着き場なのですが、あの映画でとても立派な大きな橋が出てきましたよね。
    訪れてみたら全然違う新しい橋が架かっていて、その下を地下鉄が走っている。
    なんと、災害でもなく事故でもなく、あの橋が突然ひとりでに壊れたのですって。
    ウィーンの人々は「橋が自殺した」って言っているそうです。
    歴史って面白いですね。

    第三の男の舞台は第二次世界大戦の終戦の混沌としたウィーンの街ですね。
    終戦まではオーストリアはナチスドイツに併合されて、国そのものがなかったわけで、敗戦後はベルリンと同じで4か国の連合軍に統治されていたのですね。
    最初のころに、ウィーンの街を連合軍がジープで見回っている場面がありましたね。モーリッツプラッツと出ていましたが。
    そのジープに乗っている4人の兵士がそれぞれの国の軍服を着て、一緒に警備していたのには驚きました。
    ベルリンは4か国がそれぞれ分割統治していたのに対して、ウィーンは4か国共同で統治していたのでしょうかね。
    でも、これも冒頭に出てまいりますが、
    市庁舎付近は米国エリア、ベルベデーレはソ連、シェーンブルン宮殿は英国、西駅近辺はフランスと別れていましたね。

    まだ私の記憶が新しいので、この映画の話をしだすと長くなりますので、この付近で。
    楽しいレポートありがとうございます。

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    Reichsbrucke

    なにか戦争をせっかく無事に生き残ったのにひとりでにかってにつぶれてしまうというのはかなしいですね。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Reichsbr%C3%BCcke

    http://kuenstlerklause.heimat.eu/Wi4.jpg

    アメリカでもミネアポリスで最近にたようなことが起こってます。
    https://en.wikipedia.org/wiki/I-35W_Mississippi_River_bridge

    土建屋トランプさんこういったことに金を使うといってますが、どうだか。

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  • 第三の男のロケ地のリスト

    http://axion.physics.ubc.ca/thirdman/thirdman.html

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