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映画「ミュンヘン」で

公開日 : 2006年02月19日
最終更新 :

昨夜、レイトショーで「ミュンヘン」見てきました。
この映画は、私が感じるに、ストーリーはまるで違うけど、コッポラ監督の「ゴッドファザー2」的なテイストで、現代の世相にマッチングさせた感じだなあというインプレッションで、時間も同じ位長くて、みごたえありました。

この映画、「事実に基づいた話です」とありますが、私、ミュンヘンオリンピックの頃は幼少だった為、報道など記憶にないに等しく、本当にオリンピックの某国出場者数名がゲリラに殺傷された(=これは映画広告として出てる部分です)って事が事実なのか、また事実とすれば、オリンピック期間中、世界に事実が報道されていたのかどうか、要するに、事実では、どういう事件がオリンピックで起きていたのか、知りたいと思いました。ご存じの方おしえてください。

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6件のコメント

  • カオサンでたむろってるペンダント売り

    あれもユダヤ人らしいですね、
    なんでも兵役前に、若者が行商にいくとか。
    ところで疑問なんですが

     1)いつからこういう行商って始まったのですか?
     2)外国人が異国で商売しても大丈夫なんでしょうか?
     3)滞在費とかは足りてるんでしょうか?
       (ないしは、儲かった場合の送金は?)

    素朴な疑問です。レスつかなくても恨みません(^^ゞ

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    表参道のペンダント売りは

    ちょっと南米系っぽい見かけの人々が多いですが、借金のカタに、マフィアに奴隷労働させられてる人々なんですって。滞在費はタコ部屋住まいだから、あまりかからないとか。警察がきたら、すぐにまとめて逃げられるような店構え(?)のために、露店なのだそうです。前に、テレビで摘発されそうな所をドキュメントした番組を見たような気がします。あ、最近表参道全然いかなくなったので、もしかして、もうペンダント売りなんか、いないかな。

    カオサンってどこですか?

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  • 06/02/21 05:34

    事実です

    私は長く生きていますので月面人間着陸と同様事実とはっきり言えます。
    その頃はドイツ赤軍派も日本の赤軍派も大分暴れていました。
    そういえばパレスチナにいた赤軍派の重信房子の裁判が明後日だと思いましたが始まりますね。

    私はその頃は働き盛りで旅行どころではなかったですが、その為に日本人旅行者はとばっちりを受けて入国審査は厳しかったと聞いています。

    間もなく人間ではないですが、M5型8号機のインターネット中継が始まりますので、見てみます。http://jaxa.tv/
    中継を見れば殆どの人は嘘か真かわかるでしょう。

    金儲けをたくらむ作家やジャーナリストが後から実はこうだったと言うようなものを書くことは多いです。
    ある種の週刊誌と同じで嘘とわかっていて買う人もいるので書き得、売り得な事もあります。

    1年300万円で暮らす方を出版して300万円どころ大金を稼いでいる人もいました。

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  • イスラエル

    モサドの三大作戦というのをみてもわかるように
     ①アイヒマン拉致 ②エンテベ空港人質奪還 ③オシラク原発破壊

    ①・・・アルゼンチンでナチの戦犯を拉致して、自国で死刑
        「金大中事件」のはしりみたいなもんでしょうか?
    ②・・・乗っ取られた航空機の乗客をウガンダで強襲して
        奪還(乗客1名犠牲になっただけ)
        このとき指揮したのが、ネタニヤフ元首相の兄だとか
        (だから彼は強硬派らしいです)
    ③・・・イラクが核施設を作っているので、領空侵犯して
        それを爆撃してきたという事件

    など、映画真っ青の活躍をしています(②の事件は、そののち
    チャールズ・ブロンソン主演の「特攻サンダーボルト作戦」
    という映画になってます)どれも他国の主権を侵害して
    準戦争行為みたいなことをやってるようなものです

    周囲を敵に囲まれた国にとっては、妥協という選択枝は
    最初からないのでしょうね

    映画「ミュンヘン」の葬送シーンでもながれていた
    「ハクティバ」というイスラエル国歌を聴くと、
    なんとなく民族の悲しい運命に同情してしまいます

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    アイヒマンとは

    確か、死刑制度がないイスラエル国内にて行われた、唯一無二のナチ戦犯死刑ケースですね。アルゼンチンに逃げていたんでしたっけ?アルゼンチンって、世界中の大きな事件の犯人が逃げ込む巣窟って聞いてます。

    イスラエル国歌が流れていたのですか、その国歌はしりませんでした。
    そういう知識をもって映画にのぞむと、理解ひとしおだった事でしょう!

  • 退会ユーザ @*******
    06/02/20 01:05

    Re: 映画「ミュンヘン」で

    doubletreeさん、こんにちは。

    高嶋たいらさんが、既にきちんとご紹介されていますが、ウィキペディアにも載っていますのでご覧になってみてください。
    (すみません、リンクがうまく貼れませんでした。)


    私は、報道を覚えていますよ.......でも、今となってはかなり記憶の彼方で。このウィキペディアの記事を見ると、事件がすんだらさっさと再開、みたいに読めますが、どんな雰囲気だったかな....あまり思い出せないですが.....。

    確かに、おっしゃるように、当時、こうしたテロ事件はけっこう多かったのです。ですから、そうした流れの中でとらえていたと思います。
    そして、こういう状況のとき、どう交渉するかは、その国の政治のありかたがおおいに試されるときでした。

    ここではっきり焼き付けられたのは、イスラエルは交渉しない、イスラエルは自国の国民をあえて殺すことを躊躇わない、ということでした。
    このメッセージは強烈でしたよ。

    しかし、以後、これが一種の後遺症のようになって、人質事件が起こるたび、強行突破派を抑えるよりどころになったのではなかったかと?


    ......同じテロでも、しかし、当時は≪交渉≫が可能でした。良くも悪くも。今はそういう意味では違いますね。


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    ウィキ~を調べました

    Clioさん、お教えありがとうございます。そのウィキペディアみたいなウィキなんとかという類似のサイトが出てきて、いろいろ読んでみたのですが、事件が起きたのは、会期中真っ直中だったみたいです。で、事件後、34時間、鎮魂の為にオリンピックをストップしたらしいです。やはり、首謀グループについて、ベイルートとかヨルダンとか、そんな地名がでてきました。

    この惨劇は、思うに多分、日本ではあまり報道されなかったではないかと想像します。というのは、その頃は、大学紛争がやっと終わって、警察は革マルとかの左翼過激派の押さえ込みに懸命だったはずだから、わざわざ、闘志を盛り上げるようなPRはさせなかったんじゃないかな。そういえばちょっと前に、ベイルートから当時の有名活動家の重信なんとか(でしたっけ?)というオバサンが帰国して逮捕されましたね。年齢をかさね、逮捕されても主義を曲げても、日本へ帰りたいという郷愁って、当時同じ事を共有していた人々にとっては、きっと時代の終わりを感じさせたでしょうね。

    ユダヤとパレスチナのいざこざは歴史がながいので、恨みつらみは、私の理解の範疇を超えてるのは承知の上ですが、重ね重ね、オリンピック選手の数人を単発で殺傷したところで、なにか、パレスチナの優位性に、画期的な変化でもあると思ったのでしょうか?

    要するに、彼等、昔からパフォーマンスしてるだけですね。イデオロギーなんか、本当は最初からなくて、自分達集団が目立ちたい、アメリカ人ならハリウッドで有名になる所、イスラム生まれは、ちゃらいことできない、ハードな嫌がらせで名前を売るしかないって事か。壁に夜露死苦とか落書きしてた70年珍走と同じですね。

    最近、イスラムなんとか派が、同じイスラムの地で、同じ仲間に迷惑行為をしているのも、同じパフォーマンスですよね。まあ、よく言えば、国が未成熟な今の段階で、自分らが覇権を握りたいための国盗り合戦かもしれませんが、イスラムカルチャーセンターで、若者に自爆テロばかり煽って(=自発性だから、コスト・セービングですね)、高度に統率されてる感じもないし。

  • 来週

    私も当時の事は全く覚えていない世代です。

    原作の ジョージ・ジョナス著 新潮文庫
    「標的は11人・モサド暗殺チームの記録」
    を読んでから映画を見てきました。

    原作も映画では描かれていなかった
    事柄がいろいろと興味深かったです。

    doubletreeさんが興味を持たれた
    ミュンヘンオリンピック時の事件についてですが、
    TBSで金曜深夜2時頃に放送されている
    「CBSドキュメント」という番組で
    来週ミュンヘンオリンピックのテロ事件に
    ついてのレポートがあると予告していました。

    doubletreeさんが関東在住だといいのですが・・・




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    ご紹介ありがとうございます

    読んでから見るか、見てから読むか、昔、角川映画が花盛りの頃によくきいたキャッチフレーズです。

    私も、その本を読んでみたいとおもいます。原作と映画化は往々にして、話の展開が、かわる事がありますよね。

    私は東京在住なので、CBSドキュメントも是非、みたいとおもいます。放映は、今週の金曜日でしょうか?カレンダーにリマインドしておきます。

  • イスラエルの対テロ報復作戦

     doubletreeさん、こんにちは。

     1972年9月5日、パレスチナゲリラがオリンピック選手村に侵入、イスラエル選手団のコーチと選手二人を射殺、九人を人質にとって立てこもり、結局、(逃亡のため)人質と共に空港まで行ったところで西ドイツ治安当局と銃撃戦になり、人質全員が死亡した。というところまでは事実です。

     今回の映画で「イスラエルは報復したのか・・・」と思ったんですが、そこの部分は実際に「報復」しているみたいですね。イスラエルの「几帳面な報復」には国民に対する「義務」みたいなところがあります。

     イスラエルに対するテロがらみの映画では、ウガンダのエンテベ空港奇襲作戦が有名ですが、イスラエルがらみで、もし、事件に巻き込まれると「強行作戦」はまず覚悟しなければならないですね。

     でも、イスラエルも「二重基準」の国というか・・・テルアビブ空港で一般市民に対して無差別に乱射して多数の死傷者を出した「テルアビブ空港事件」でただ一人イスラエル当局に現行犯逮捕された岡本公三被告はパレスチナとの捕虜交換で「釈放」ですからね。仲間の二人を合わせて24人死亡・・・だそうですから、ミュンヘンのテロよりよっぽどひどいのに。

     先日の青森でのイスラエル船当て逃げ事件では、外交ルートで正式に日本政府に謝罪し、関係者は起訴、そのためにわざわざ青森まで現場検証に来ていましたが・・・一方でパレスチナに対する「対テロリスト作戦」で民間人がどれだけ死のうが、どうみても関係のない幼児や子供が死のうがせいぜい「遺憾の意」を表するくらい。同じ「人間の死」に対してこうも扱いが違うものか・・・・。

     だから、今回のような映画になるのかも知れませんが・・・。

     と、話がずれてしまいました。

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    いろいろ勉強になりました

    お答えありがとうございました。映画の大枠は、実話のようですね。

    その殺戮は、オリンピック開会より前の出来事だったのですか、開催中だったのですか?その報道は期間中、世界に配信されたのですか、伏せられていたのですか?空港での派手な銃撃戦とくれば、今日みたいなテレビ報道ショー花盛りの時代なら、数日は、四六時中、垂れ流しされそうな素材ですからね。

    パレスチナ人が、ミュンヘンへ派遣されてたかどうか知りませんが、少なくとも選手村では、パレスチナ人選手団みたいなのがあったならば、会期中は、肩身が狭かったでしょうね。

    なぜ、わざわざ、オリンピック選手みたいな丸腰の相手を、ゲリラは選んだのでしょうか?それが武士道であれば、卑怯モノと後ろ指を指され、あり得ない行為じゃないかと思うのですけど。イスラムの教えには「弱いモノから、いじめろ」または「目立つところで、暴れろ」みたいな教えでもあるのでしょうか?今般の、イラク斬首ビデオでやってる事をみても、社会的に、プリミティブで進化のない人達ですね。

    エンテベ空港奇襲作戦というと、昔、映画で「エンテベの勝利」とかいうのがありましたが(見たことはない)、もしや、その事件を素材にした映画だったのでしょうかね。私はそれこそ、スポーツものの映画かなにかとおもってました。テルアビブ空港事件という「言葉」も、テレビから流れてきた音声の遠い記憶はありますが、これに関連する事件だったのですね。

    最近になって、911などで「テロリスト」集団の存在が、やっと世界の人々の底辺レベルまで認知されてきましたが、実態は70年代80年代の方が、ああいう過激派活動は多かった訳ですよね。昔は、今みたいに、インターネット(=超高速口コミ網)という、ある意味、公器みたいなものが普及しておらず、情報の伝播が、マスコミ依存という、やや、あいまいなものだったので、ミュンヘン・オリンピックでのゲリラ戦は、どういう風に取り扱われ、報道されたのが非常に興味をもったわけです。

    私の世代では、学校で習う社会科は、圧倒的に、順序的にも、日本史のどうでもいい古代史に力点がおかれ、また世界史はさわって産業革命やフランス革命どまり、社会人としての教養として必要かつ重要な近代史は駆け足で、真っ当に取り扱われる時間がありませんでした。または、教師の力量不足か、近代史を網羅的に学校で取り上げられたという他校の話も、聞いたことがありません。

    ただ、私は世界史受験だったので、塾の効率的な教材をもらったり、論述問題集を自習して知識をため込み、結果、今の自分に資する知識の基礎作りができたと思います。就職活動中、歴史選択は日本史世界史どちらだったか?と質問されたことがあり、近代史の知識は、新人社会人に求められる評価ポイントにもなっていたんだと知りました。

    詰め込み教育時代も、まんざら悪いばかりじゃなく、当時は無駄とおもわれた学習も、大人になって役立つ事は多々あります。ゆとり教育で公立校で育った子供たちは、その意味では行政による被害者です。モンカ省は、歴史学習は、どうでもいい古代史とか、室町幕府の行政組織などの丸暗記はやめ、まずは、最重要な近代世界史から入り、時間があまったところで、過去に遡及していくカリキュラムへ変更すべきと思います。
    それが、政治的にも意識の高い日本人を作るし、芸能人・有名人を擁立した政党が得票数をとるような衆愚政治への決別にもつながります。

    と、私も話がずれてしまいました。

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